第11回九州さが大衆文学賞選考経過

掲載日2004年03月19日 <自>写有


〈大賞『首』つぼ押さえ読み応え〉

第十一回九州さが大衆文学賞は、大賞の笹沢左保賞に指方恭一郎さん(福岡県北九州市)の「首」が輝いた。佳作は平林廉さん(愛知県津島市)の「お鼻番 北前すず」、奨励賞は松隈一馬さん(鳥栖市)の「風化せず」に決まった。最終選考会では作家の森村誠一、夏樹静子、北方謙三の三氏が最終候補作五点について論議した。二時間を超える白熱した選考経過と、受賞者の喜びの声、大賞作のあらすじなどを紹介する。(1面参照)

----------------------------------------
森村 それでは候補作の評価を一作ずついきましょう。Aを2点、Bを1点、Cを0点にします。「義経の妻」から。
北方 Cです。これは明確に長編の題材。六十枚ちょっとでは梗概(こうがい)の詳しいものにしかならない。歴史小説で一つの時代、一人の人間の一生を書くなら一冊の作品になる。ある人間の一日を書き、その人の一生を連想させるところに短編の難しさがある。この作品はボリュームが足りず、悲しみも通り一遍でしかない。
夏樹 私もC。歴史の知識はある方だと感じたけど、歴史の粗筋で終わっている。主人公千草の気持ちが書き込まれていないから、感情移入できない。内面の動きが分かれば豊かな読後感につながるはずなのに…。九郎(義経)の正室になったのに対面の場面もなく、九郎への思いも伝わらない。
森村 二人の意見でほとんど言い尽くされている。私もC。これは受賞は厳しいのではと思う。次は「看護師A」。今度は夏樹さんから。
夏樹 リアリティーに乏しいですね。話を読む限りでは朝美と夕華は一卵性双生児のはずなのに、夕華が自殺した半年後に、朝美が相手の男性の病院に就職して、あやしまれていない。最後も、彼女が書類を持っているのに見逃している。ご都合主義が目につく。Cプラスというところ。
北方 私はB。双生児を使う小説は気をつけないとその設定に寄りかかってしまう。その意味では双生児を安直に使ってるように思う。また、ラストシーンで本当にメールはつながるのかという疑問もある。それでも死の世界から生の世界へのダイニングメッセージと、作者が一生懸命考えていることは分かる。努力賞だ。
森村 ストーリーテリングの才能を評価してA。ただ、二人が指摘したように、新人賞応募作に双生児は避けるべきだと思う。伏線もほとんどなく、読者が推理に参加できないのも難点だし、構成の粗さが気になる。消極的なAと思ってほしい。
北方 次は「風化せず」ですが、作者はミステリーを勉強しているのは分かるが、出来の悪い教科書で勉強している感じ。評価としてはBだ。青酸カリの使い方などおもしろいところもあるが、三年間逃げていた犯人があっという間に捕まり、すぐに自供するなんてミステリーとして腰砕けだった。
夏樹 私はC。
北方 厳しいなあ。
夏樹 Cといっても好意的なCです。設定がよくて、最初は早く先を読みたいと思っていたけど、だんだん失望した。もう少し読みやすい文章にならないかと思う。冒頭の刑事二人の会話で事件が浮かび上がらないといけないのに、そこも表現できていない。丁寧に読めば分かるが、おおかたの読者はついて行けないのではないか。
終盤の三nですべて明らかになるけど、指紋が残っていたというのは平凡だし、ひっかけで失言するのも安直。作者の得点は三年前の事件でも動きがあるということと、青酸カリも三年たてば風化することを引っかけたことでしょう。
森村 最初はよく勉強していると好感を持っていたのですが、なんというか、サスペンスドラマの一番悪いところを見せられたような気がした。Bです。「待つ」というキーワードから記憶がよみがえり、捜査が展開するのは、松本清張にもある。名作と同じような設定はかなりうまく書かないと厳しい。キーワードも、もう少し情緒的なもの、時代を象徴するもののほうがよかった。また、ストーリーが刑事二人の会話中心に進み、ダイナミズムがない。
夏樹 出だしの設定はなかなかで、読者に期待させます。
北方 三年待つというところはよかったんだけど、惜しい。
夏樹 次に行きましょう。「首」ですが、私はおもしろかった。Aです。鉄蔵の心理や配下の様子が分かる。落城後、兵の士気が落ちるという描写もよくできている。
北方 私もA。時代小説は長いスパンで書こうとする人が多い。たとえば、この作品なら、島原の乱から書き始めようとする人が多い中で、この人は戦いの後からすぱっと始めている。それでいて、戦いの悲惨さも連想させるように書いている点が評価できる。立ち会いの場面もきちんと書けている。白髪になってしまった男など、山田風太郎のようでよかった。
森村 読み応えがあって、原稿用紙七十六枚が非常に短く感じた。Aにしようかと思ったけど、好意的なBにしました。内通した男の心情が最後にちょっと出てくるだけで、説明だけに終わっているのが惜しい。人物が薄っぺらに感じる。前段にもう少し伏線があれば、完成度は格段に高くなる。
夏樹 天草四郎の偽首の話というのはあるのですか。
森村 私の知る限りないですね。
夏樹 偽首はうわさで、黙殺すればいいと登場人物が言う。私も読者としてそう思ったが、最後に答えも示される。
北方 最後は「お鼻番 北前すず」。舌でなく「お鼻番」というのはおもしろいものを考えついた。アイデア勝負のB。ただ、この鼻がすずにとって、どのような意味を持つのかが書き込められていないし、時代小説にしてはありふれている。その辺でアイデアを生かし切っていない。
夏樹 おもしろくはあったけど、悪い人が一人もいなくて、緊張感がない。おじの伊勢守に怪しげな行動でもあれば、サスペンス感が出たかもしれない。みんないい人ばかりで、心優しい作品で好感は持てるけど、迫力に乏しい。Bですね。
森村 確かに設定はアイデア賞もの。だけど、これも「義経の妻」と同じく粗筋だけで。小説の筋肉をつけるともう少しおもしろくなる。B評価です。
北方 小説の筋肉というのは、物語性と言い換えてもいい。たとえば、作中のすべての人が認める人を否定しなければならない孤立感を出し、緊迫感をつくるといったものが必要。この作品も、山田風太郎の伝奇小説のように、どんなものでもかぎ分けるすごい能力を持つ鼻にすれば、まだよかったかもしれない。
森村 すずの人間関係がもう少し描けていれば、すずの悲哀が出たと思うし、感情移入できた。作品に好感は持ったが、脆弱(ぜいじゃく)だった。ラストもとってつけたように感じる。
森村 評点が出そろったところで、個別に詳しくみましょうか。まず、一番点数が低かった「義経の妻」ですが、これは受賞は厳しいかな。
北方・夏樹 そうですね。
北方 「看護師A」は初めて小説を書いた人のように思います。もう一度勉強してほしいですね。
夏樹 書き慣れてくれば、もっといい作品ができると思うけど、今回は大賞とはいかないでしょう。
森村 基本的にストーリーテラーだと思うんです。ストーリーはいいけど、ディテールがない。プロの先行作や名作を読み込めば、肉付けのやり方などが分かるだろう。好感を持っているので、松本清張の初期短編を読むことを勧めて、今後に期待したい。
北方 森村作品に似た雰囲気がありますね。
森村 ダイナミックで映画のシーンみたいなところもある。テレビ番組にするとおもしろいかも。
夏樹 量産すれば意外に伸びる人かもしれません。次の「風化せず」も、地味な刑事の会話が清張作品を連想させますね。ただ、文章が難点。もっと読みやすい平易な文章を。
北方 百枚以内の作品を十本ぐらい書けば、自分の足りない部分が分かる。小説のつぼをどこか外しているような印象がある。この人は読むより、まず書くことが大切。書き込めば文章はある程度はうまくなる。
森村 目のつけ所はいいが、推理小説を書くときは、読者が推理に参加できるようにすることを気に留めなければならない。論理的に考えれば読者に犯人が分かるよう、前半にヒントをちりばめること。最後になって、突然犯人が登場するのはアンフェアです。佐賀県内の人でもあるし、このことをアドバイスして、奨励賞に推したい。
北方 「お鼻番 北前すず」はアイデアはある人だけど、それをいかに小説に昇華するかが問題。センスを失わないで、荒唐無稽(むけい)でもいいからもっといろいろ書くべきです。
夏樹 小説、特に短編にはアイデアが必要。そういう意味では期待できるが、着想を物語に膨らませる技術を磨いてほしい。「看護師A」ではリアリティーを求めたが、荒唐無稽でも、おもしろければリアリティーを忘れて引き込まれることもある。清張作品も、注意深く読むと破たんしている作品もあるが、動機の社会性などでカバーしている。
森村 小説と現実のリアリティーは違うことを理解してほしい。この人もいろいろな作品を読めばいいし、伝奇小説に向かえばおもしろいものが書けると思う。
森村 山田風太郎作品を読めば、得るところはあるかもしれない。大賞にはちょっと足りないと思う。
北方 最後に残った「首」ですが、短編の書き方のつぼを押さえている。立ち会いの描写もスピード感があり、評価できる。この作品を大賞に推します。
夏樹 同じ言葉が続くなど、表現の一部に手直しした方がいいところがあるけど、私も大賞に賛成です。
森村 水準に達している作品ですが、新五郎をもう少し膨らますことができたらと思う。
北方 伏線の入れ方です。「生きて帰れるか」というせりふにリアリティーを出せれば、完成度が高まる。
森村 新五郎を信頼している鉄蔵が、「おやっ」と不審を持つような言葉や態度を数行でいいと思います。でも、私もこの作品が大賞に異議はありません。
北方 それでは全員一致で決まりですね。
夏樹 佳作には「お鼻番―」を推します。
森村 おもしろいし、独創性もある。個人的には「看護師A」も捨てがたいが、ミステリーとしての整合性に欠けるのが気になる。これまで、佳作はほとんど二作品を選んできたけど、今回は「お鼻番―」だけでいいのでは。
北方 私も同じ意見です。奨励賞も森村さんが言われるように「風化せず」を推薦します。ところで、大賞の日野さんは昨年、佳作を受賞されていますね。
夏樹 昨年は「麝香ねずみ」。ずいぶん違う作品になっている。今後に期待します。

----------------------------------------
〈大賞「首」あらすじ〉

一六三八年、島原の乱は一揆軍側の立てこもる原城の落城で終わった。幕府上使として島原に着陣している松平伊豆守信綱の家臣柴田鉄蔵(目付)は残党狩りをしていた。
ある日、伊豆守から「一揆の首謀者、大矢野四郎が生きているとの噂(うわさ)が流れている。誰がそのような噂を流しているのか調べよ。一揆軍に荷担(かたん)している者がいるはず」との特命を受けた。
鉄蔵は配下の木村新五郎(横目付)とともに探索を開始する。だが、それらしい噂を流している者を見つけることはできなかった。
島原の乱で討ち取られた者の首、三千数百が長崎の西坂で晒(さら)される事になり、柴田鉄蔵も新五郎とともにその警備にあたった。ある夜、西坂の刑場に賊が乱入してきた。鉄蔵は賊を生け捕りすることに失敗してしまう。
四郎の首は豊前小倉に運ばれることになった。鉄蔵たちは四郎の首の警護にあたり、賊と激突する。そして鉄蔵は賊を討ち取り、四郎の首を守ることに成功した。

----------------------------------------
=受賞者喜びの声=

■大賞・笹沢左保賞

〈「首」指方恭一郎さん(福岡県)〉

昨年、佳作を頂いたとき、うれしかったのですが、ことしは大賞を頂き、喜びを新たにしています。八年くらい前から時代小説を書き続けてきて、これが二十作目です。小倉で天草四郎の首が獄門にかけられたことを知り、この小説を書こうと思いました。また、父親が島原出身で姉も島原に嫁いでおり、舞台の島原には縁があります。すばらしい賞を頂き、本当にうれしいです。

▽略歴 1961年北九州市小倉の西教寺に生まれる。本名・日野真人。85年、龍谷大学文学部を卒業後、西教寺乳児保育園に勤務。97年から同保育園長。8年前から公募新人賞に投稿。前回の九州さが大衆文学賞では「麝香ねずみ」で佳作。ペンネームは西教寺の山号「指方山(しほうざん)」に由来。北九州市在住。

----------------------------------------
■佳作

〈「お鼻番 北前すず」平林廉さん(愛知県)〉

初の応募で賞を取れてとてもうれしい。人並みはずれた臭覚を持つ若い女性が主人公ですが、いかにリアリティーを持たせるのかに苦心しました。子育てが一段落し時間ができたので、得意の時代小説を磨き一つ上の賞を目指したい。

▽略歴 1958年名古屋市生まれ。本名・服部素女。金城学院大文学部卒。文化センターで小説指導を受ける。名古屋工大勤務を経て結婚、真言宗寺院庫裡。愛知県津島市在住。

----------------------------------------
■奨励賞

〈「風化せず」松隈一馬さん(鳥栖市)〉

五回目だったのでやっとという感じ。実際の事件を参考にしているが、審査員の厳しい目に耐えられるよう青酸カリについて徹底的に調べた。作家の批評を紙上で見れるのがとてもうれしく、今後、創作を続けていく上での励みにしたい。

▽略歴 1942年鳥栖市生まれ。西南大文学部卒。英語教師。鳥栖工高在職中に脊髄の病気で車いす生活となり、その後、中原養護学校に復職。2002年に退職。鳥栖市在住。

---------------------------------------
〈最終選考対象作品〉

「義経の妻」長谷川美智子(さいたま市)
「看護師A」原 雅裕(福岡市)
「風化せず」松隈 一馬(鳥栖市)
「首」指方 恭一郎(北九州市)
「お鼻番 北前すず」平林 廉(愛知県津島市)

----------------------------------------
■主催 九州さが大衆文学賞委員会(九州電力、佐賀銀行、佐賀新聞社)
■後援 佐賀県、佐賀市
■協賛 佐電工、サンクスジャパン、ミサワホーム佐賀、佐賀リコー