〜(33)松梅の干し柿〜 寒暖の差生かし特産化


日差しに輝く柿のれん。寒暖の差を利用し、35日前後で良質の干し柿になる=大和町松梅地区

 天山山系と脊振山系にはさまれた山里の大和町松梅地区。山の斜面に点在する約四十戸のビニールハウスでは、今年も玉すだれのような柿が甘い香りを放ち、晩秋の日差しに輝いていた。約三百年前から続く伝統の干し柿づくり。そのあめ色の輝きは、長年にわたる農家の努力のたまものだ。

 「松梅の干し柿」は正月の贈答用として、九州一円にその名が知られている。もともと、干し柿はビタミンCや食物繊維が豊富で、冬場の栄養源としてはもちろん、美容にも効果があることから、特に女性の人気を集めている。

 加えて、山で囲まれた松梅の気候を生かした風味も消費者の心をつかんだ。栽培されている早生品種の「紅稲佐」「葉隠」は、水分が豊富で糖度も高いのが特徴。三十五日間、寒暖を繰り返しながら仕上げるため、ふっくら柔らかい良質の干し柿ができるという。

 同地区で唯一、干し柿を専業にしているのが上野耕太郎さん(57)だ。産地化を志したのは約三十年前。当時は干し柿のほか、コメや小ネギ栽培などを行っていたが、狭く傾斜の急な土地のため大規模開発ができず、副業の域を出なかった。「専業農家として生き残るために」。仲間と話し合った結果、寒暖の差が大きい気候などを生かすには「干し柿しかない」と考え、産地化へ研究をスタートさせた。

■家族の支え

 上野さんらは自費で日本中を回り、最も土地に適した品種を探し求めた。代表的なものは約二百五十種類。この中から、良質な枝を接ぎ木していくうちにたどりついたのが、「紅稲佐」と「葉隠」の二品種。同時に、柿に適した土壌づくりが不可欠だった。松梅地区は花こう岩が古くなってできた砂地。養分が少ないため、柿の木は虫の被害を受けやすかった。「分かっていたこと」ではあったが、いくら消毒しても、被害を食い止めることができなかった。

機械を一切使わない柿むき作業。「ショートケーキに触れるように丁寧に扱う」というこだわりようだ

 悩んだ末、有機質の土に変える作業に取り組んだ。たい肥や落ち葉を入れるなど試行錯誤の結果、虫の付かない丈夫な木に生まれ変わったという。土壌の改良に要した時間は実に二十年。「研究を続けられたのも家族の支えがあったからこそ」と、上野さんは当時を振り返る。

 これと並行し、ビニールハウスでの生産に切り替えた。高齢化が進む中、スムーズに作業を行うためだ。高温多湿への不安も、風通しの良い場所にハウスを建てたり、つるす柿の幅を広げることで解消した。

 このため、"柿のカーテン"と形容されたわら小屋の風景は消えた。風情がなくなったとはいえ、手作業へのこだわりは捨てていない。「松梅の干し柿は水分が多いので、ショートケーキに触れるように丁寧に扱わなければならない」。作業には、収穫から箱詰めまで細心の注意を払う。今年は、天候不順で収穫が例年より十日ほど遅れた。その分を取り戻すため日夜フル稼働での作業が続く。

■九州一の味

 一年分の収入をわずか一カ月足らずの作業で稼ぐという。自然が相手の手作業だけに後継者も育ちにくいが、「日々研究を重ね、毎年安定した収入を得られるようになれば」と上野さん。柿が豊作だった次の年は不作になるという「隔年結果」と呼ばれる現象も研究課題として残る。

 地元の食文化を守るため、乗り越えてきた自然との闘い。手作業へのこだわりと探求心が、「九州一の味」を支えている。


(文・武田 和也 写真・小山 則幸)

軒先につるされた柿。12月上旬には観光用の柿のれんも見ることができる


=メモ=
〈国際交流柿むき大会〉

 松梅小学校で毎年11月に行われる柿の皮むき大会。約70年の歴史があり、10年ほど前に「松梅小学校柿むき大会」から、「国際交流柿むき大会」へと名称を変更。県内在住の留学生らが児童と一緒に皮むきを行って交流するイベントへと変わった。

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