〜(9)サロンパス〜 屋台骨支えた看板商品


「貼ってすっきりサロンパス」。かつて耳にした消炎鎮痛剤「サロンパス」の宣伝文句だが、今も愛用者は多い=佐賀市

 「貼(は)ってすっきりサロンパス」。かつて耳にした消炎鎮痛剤「サロンパス」の宣伝文句だ。鳥栖市の久光製薬(中冨博隆社長)の看板商品で、同社発展の屋台骨を支えた、かつての主力商品である。

 同社の創業は、藩制時代の一八四七(弘化四)年。肌に貼るこう薬はすでに江戸時代から流通していた。明治四十年、博隆社長の祖父、久光三郎は「朝日万金膏(まんきんこう)」を発売した(三郎は後に中冨家の養子となった)。

■白い貼り薬

 「万金膏」は筋肉痛、関節痛を伴うスペイン風邪の流行で飛躍的な販売を記録したり、返品の山を築いたりと、曲折を経ながら販売拡大を続けた。

 三三(昭和八)年、販売外務員が旅先から白い貼り薬を持ち帰った。さわやかなメントールのにおいがあり、はがしても肌に薬が残らない。

 「万金膏」は効能は評判だったが、こう薬独特のにおいがあり、はがした跡も残った。

 三郎は、従来のこう薬のイメージを一新する白い貼り薬に衝撃を受け、早速幹部五人を集めて鳩首会議。同社前会長で、博隆社長の父、正義氏(97)は当時二十九歳。論議に加わった。「万金膏は、農村では米と交換してくれるほどの信用がある。まだ行ける」。「これからは白い貼り薬の時代」。幹部の議論は白熱するが、ともに賛否二人ずつとなって譲らず、議論は数日に及んだ。じっと腕組みをして議論に耳を傾ける三郎が口を開いた。「試作、試売してみよう。結果がだめならやめる」。鶴の一声だった、と正義氏は振り返る。

 技術者をスカウトして製造開始。「万金膏」とは異なる技術を一つひとつクリアしながら三四年、試作品が完成。主成分のサリチル酸メチルと貼り薬を意味するプラスターをヒントに正義氏らが「サロンパス」と命名した。

 正義氏らはテスト販売を続けた。「炭鉱全盛期の大牟田の銭湯に出向き、湯上がりの労働者の肩や腰に試供品を貼って回った」と当時を振り返る。「これは気持ちいい」と評判で、薬屋の中には品切れが出る人気ぶり。主力商品として同社の成長を支えた。

清潔な工場で生産が続く「サロンパス」=鳥栖市田代大官町

 しかし八〇年、「サロンパス」の一つが粘着不良のため大返品となってブランドに大きな傷を付け、「倒産寸前の危機」(中冨社長)を招いた。当時常務だった博隆氏が社長に就任するなど役員体制を一新。エアーサロンパスのヒットで息を吹き返した。

 その後、サロンパスで培った貼り薬の技術を生かした湿布薬「モーラステープ」などで成長、発展を続けている。

■新分野進出にも

 同社は現在、DDS(薬物体内送達システム)に関する研究や遺伝子治療分野への進出にも力を注ぐ。

 中冨社長は「サロンパスは七十年続いたブランド。会社全体の売り上げ(約七百億円)に占める割合は二割足らずと年々減少しているが、看板商品に違いない」と位置付け、「ブランドを守りながら経営の中身を変えることが大切だ」と語る。
(文・野中和行 写真・小山則幸)

かつての主力商品「朝日万金膏」と「サロンパス」の初期商品


=メモ=
〈久光製薬〉

 会社四季報(東洋経済新報社)〇三年春季号によると「サロンパスで知られる貼るタイプの消炎鎮痛薬最大手」。経済産業省の「ブランド価値評価研究会」報告書で、「サロンパス」をブランドとした同社のブランド価値は約二千三百億円と評価され、上位千社中、第六十六位にランクされている。

  • バックナンバーへ