会員の発明にアドバイスする川崎哲生さん(右)と妻の民枝さん(左)=多久市北多久町の「たのしき工房」



 多久市北多久町の静かな山里。小川のせせらぎと八幡岳から吹き下ろす風が涼しさを運ぶ。周囲の環境に溶け込むようにたたずむ古民家で、”まちの発明家”が熱い発明論議を交わしていた。
 
 発明ギャラリー「たのしき工房」。佐賀発明研究会会長の川崎哲生さん(67)=佐賀市=と妻民枝さん(62)が私費を投じて、2003年3月に開設した。サラリーマン、定年退職者、自営業者、画家…。さまざまな職業の会員たちが、月1回の定例会に集まる。
 
 

■開発の拠点

 ある男性は、市販のアルミ製ほうきをヒントに、防御用具の刺股(さすまた)の改良アイデアを披露した。ほかの発明家たちもほうきを手に取り、批評を加える。
 
 「女性の力で簡単に使えるようにしなきゃ意味がない」「危険な相手をやっつけるのが第一だから、スタンガンをつけたらどうだろう」

 男性が刺股の開発を始めて、1年以上たっている。毎回こうした意見を基にアイデアの改良を重ね、ようやく本質が見えてきた。今回も意見を参考に、1カ月後に新たな研究成果を発表することになった。

 「たのしき工房」ができる以前、研究会の定例会は佐賀市にある川崎さんの自宅で行われていたが、駐車場がなく不便だった。多久市内に見つけた物件は敷地約3,700坪、元炭鉱経営者の住居。自然環境に恵まれ、発明に没頭できる要素がそろっている。

 工房開設から約2年半。電気釜やミシン、グラインダー、ドリルなどの設備を少しずつそろえてきたが、まだ不十分。2人は、いずれ研究開発の拠点として会員に利用してもらう構想も温めている。

 哲夫さんは「発明の楽しさは山登りに似ている」と語る。苦労を重ねてこそ、成功に喜びがあることを知っている。

 工業高校を卒業後、靴製造会社に就職。26歳の時、独自の研究を重ね、靴底のゴムを自動的に削る機械を開発。社内提案制度で認められ、すぐ実用化した。それが発明人生の入り口だった。

 作業の機械化で、生産性は約5倍にアップ。機械1台約70万円とコストも安かった。親会社グループ全体が注目した。月給2万〜3万円の時代に、会社からの褒賞金は8万円だった。訴訟で有名になった青色発光ダイオードの社内褒賞金は2万円。「あれと比べても、なかなかの評価でしょう」と笑う。

 

■2人の夢

 
川崎哲生さんが発明した「手のひら洗たく板」。ゴムの特性を生かした商品で、売れ行きも良かった

 会社ではその後も主に製造工程の開発に携わった。40代からは会社外で発明愛好家グループにも顔を出すようになり、退職後の1996年、仲間たちと佐賀発明研究会を旗揚げ。人生の第二のスタートを切った。
 
 発明と無縁だった民枝さんも「夫を研究会に送り迎えしているうちに自然と興味がわいた」。主婦ならではの感覚で、生活に密着した発明を続け、目の疲れを癒やす「美人アイマスク」など、今では4つの意匠登録を持っている。

 発明品の細部には哲生さんの意見も生きている。「ありがたいけど、完成するまで夫婦げんかが絶えない」。民枝さんから笑顔がこぼれた。

 発明の世界はビジネスとも深くつながっている。発明が実用化されたとしても、発明品が売れなければ同じだ。大企業や大学の研究室が金をかけて新技術を生み出しているのに対し、”まちの発明家”の環境は恵まれているとはいえない。しかし、主婦の視点での素朴な発明品が数億円を稼ぎ出したケースもある。

 「たのしき工房を発明の活動拠点として利用してもらい、それが大きな発明につながれば、研究会全体が盛り上がる」。2人の夢は広がる。

 哲生さんは今、自らの発明研究を控えているという。会員の指導役に専念するためだ。「私が手伝うことで、誰か1人でも発明で成功する確率が高くなればいい」。山里の静かな工房から”大発明”が誕生することを夢見て、しばらくはサポート役に徹するつもりだ。





 

 

◇80種以上並ぶギャラリー◇

 たのしき工房は、発明品ギャラリーとしても利用されており、常に80種類以上の発明品が並ぶ。「発明品専門のギャラリーは九州で初めて。調べたことはないが、全国でも例がないのでは」と哲生さん。毎月第2、4週の土・日・月曜日には一般に公開し、即売も行っている。
 また、第4土曜日は発明や文化に触れ合う「たのしもう会」を開催。現在はアートフラワー教室を開いているが、「将来は発明に関する講座も開きたい」という。
 発明はその価値を保護するために、特許や実用新案など、自分のアイデアだと公的に認めさせる手続きが重要。研究会の定例会(第2日曜)では、知的財産権の勉強も行っている。
 「たのしき工房」と佐賀発明研究会への問い合わせは川崎さん、電話090(4580)8673へ。