北村謙三氏紹介 森村誠一氏紹介 夏樹静子氏紹介

 

 第十二回九州さが大衆文学賞は、大賞の笹沢左保賞に横浜市の梶木洋子さんの「い草の花」が輝いた。佳作は篠綾子さん(埼玉県春日部市)の「虚空の花」と、河崎守和さん(東京都杉並区)の「茶わん屋稼業」。奨励賞は木塚昌宏さん(佐賀市金立町)の「『葉隠』抜き書 切腹な痛かばんた」が選ばれた。最終選考会では作家の森村誠一、夏樹静子、北方謙三の審査員三氏が、最終候補作五点の筆力や読みごたえ、設定の優劣などを論議した。白熱した選考経過と受賞者の喜びの声、大賞受賞作のあらすじを紹介する。
 


北方  

今回は難しかったですね。どれも水準は突破しているが、突出したものがない。選考者泣かせだった。
 

夏樹 そうなんです。ちょっと見方を変えるだけでおもしろさが広がったり、つまらなくなったりしました。
 
森村 それでは候補作を評価してみましょう。Aを2点、Bを1点、Cは0点にします。「松戸パスタイム」から。
 
北方 Bです。書いてあるのは洒脱(しゃだつ)でいいんですが、小説の着想そのものは凡庸。徳川幕府の十六代将軍になったかもしれない人物が主人公なのに、彼の思いは表現されず「パスタイム」(ひまつぶし)とつぶやくだけ。人物の書き方に不満がある。ミステリーなんですが、最初から犯人は分かっているのにトリックに工夫がなかったことも気になります。
 
夏樹 私もB。最後の将軍と次の将軍になったかもしれない人を持ってくる着眼点はいい。明治三十年代の時代考証も丁寧で、当時のカメラ事情なども調べているようだが、人物をもう少し掘り下げたらよかった。軽いタッチでこの時代を描こうとしたのだと好意的に取ればいいが、それにしては文章が古色蒼然(そうぜん)で、味わいを消している。北方さんがいうように、トリックは凡庸だけど、この時代だから、カメラを使ったトリックもありとは思います。
 
森村 私もB。自然現象を犯行の決め手に持ってくるのは強引だと思います。犯人の決め手は自然現象と自白だけ。これでは現代の裁判ではもちません。
 
北方 時代の深さを描いて「パスタイム」といい続ける人物ならいいけど心理描写もなく、表層をなめただけで終わった印象です。
 
夏樹 次は「い草の花」ですが、Bにしました。い草は花が咲いてもあだ花などときちんと調べてあり、興味をひかれた。ただ、出世欲おう盛な妻の尻に敷かれる夫というのは、時代小説によくある設定。弱い夫が実は剣の達人というのも既にパターン化しています。
主要キャラクターも個性の強い人ばかり。盛り込みすぎてごちゃごちゃしている。初対面の人物同士が秘密にするようなことまでべらべらしゃべったり、密談場所が人が多い所など、きちんと読んでいくと気になるところが多い。詰め込みすぎですね。
 
森村 候補作の中で一番おもしろかった、Aです。夏樹さんが言うように、長編のテーマを無理して短編に仕上げているようだが、主人公夫婦に素直に感情移入できた。選考委員としては楽しいだけではいけないが、登場人物に躍動感があった。藤沢周平と山本周五郎を足して割ったような、そして「たそがれ清兵衛」を思い出させる作品ですね。
 
夏樹 そこがパターン化していると感じるんですよね。
 
北方 私はB。下級武士の貧しい暮らしや妻の上昇志向はうまく感じが出ている。ただ、お家騒動を持ってきたので、何か起きるかと期待したけど、結局、家老が階段から突き落とされただけ。拾った紙入れに書いてあった名前を見て陰謀を察知するのも、短絡的で安っぽい。一度長く書いたものを短くしたのだろうが、省略する作業がうまくいかず、物語がぶつ切りになった印象です。
 
森村 「虚空の花」ですが、どう判断していいか難しい作品。これは小説ではないような感じがした。堀河の視点で書かれていても、もう一つ堀河の心が描かれていない。何が誰に感情移入していいのか分からなかった。Cです。
 
北方 私もC。作者は歴史絵巻を書きたかったのだろうと思う。白河院と待賢門院、鳥羽上皇を持ってきているが、祖父と妻が通じていることを知った鳥羽上皇の苦悩がなく、衝撃的なことを書きながら衝撃が伝わらない。さらには西行まで登場する。これだけの登場人物を描くには、上下巻どころか、全五巻ぐらい必要。人物の描き方が足りず、大きな舞台装置で小さな紙人形が芝居しているような感じです。
 
夏樹 私は迷いながらAをつけました。自分は恋をせずに本当の恋歌が作れるのか悩む堀河など達者な書き手だと思う。ただ、鼻につきやすいのは確か。そこが気になると読めなくなるでしょう。登場人物も冗舌すぎてナルシスト的。「フランソワーズ・サガン風王朝小説」ですね。ただ、私は堀河の人物像が分かるし、待賢門院の心の奥底にあるむなしさもうまく出ていると思います。王朝小説が好きなのでおもしろく読めたというところはあります。
 
北方 評価は難しいですね。堀河が西行と出会った時の心の動きだけでもきちんと書けていたらまだ納得できたのに、白河院や鳥羽上皇らが王朝絵巻みたいにいっぱいでてきて、印象が薄くなってしまった。
 
森村 テレビで見た程度の知識で物語を作ったというか、薄っぺらで筋肉がないですね。ただ、作中の和歌まで作ったのはすごい。
 
夏樹 歴史上の人物に作者が創作した歌を詠ませるのは問題かもしれないけど、かなり知識がある方ですね。
 
北方 次は「茶わん屋稼業」ですが、これは物を作る苦悩がよく描かれている。Aと評価します。たった一つの茶わんを残すために、ほかは割ってしまう利休の姿は、夏樹さんが「虚空の花」の選評でおっしゃった堀河の「恋をせずに恋歌を作る苦悩」と重なります。その上で「虚空の花」よりも情念が書けていると感じました。
  
夏樹 Bマイナスです。「虚空の花」と同じように黒子の存在が主人公ですが、人物像が弱い。葛藤(かっとう)や苦悩がないから薄っぺらに見える。冒頭で「男の妬心(としん)はやっかい」と書きながら、師匠の息子は急に素直になるし、その妻も中途半端な存在になっている。拍子抜けしました。
  
森村 幻斎という架空の人物をもう少し描き込めばおもしろいと思うし、私はBにしました。利休への反感を橋の下でつぶやくぐらいの役どころではもったいない。
  
北方 最後は「『葉隠』抜き書 切腹は痛かばんた」。Bにしました。腹を十文字に切って長口舌を振るうなど、どうかと思うけど、全体にはよく書けている。ただ、方言が分かりづらい。全国公募の新人賞に普遍性のない方言はいただけない。
  
夏樹 私もB。揺るぎなく終始一貫した感じはいい。
 
森村 ただ、余談的なエピソードがいっぱい入ってきて、脇道ばかり。筋が見えにくいのが難点ですね。私もBにしました。
 
夏樹 それでもちゃんと戻ってくるんですから。でも、なぜ切腹するのかよく分からなかった。
 
森村 さて、評価が出そろいました。最高点は「い草の花」で、次が「茶わん屋稼業」です。ただ、A評価は「虚空の花」を含めて三人分かれました。
  
北方 候補作のレベルが拮抗(きっこう)していましたからね。
 
森村 候補作を読んだ時から、今回は「い草」と「茶わん屋」の決戦だと思ってました。エンターテインメント性と文学性の戦いといってもいい。文学としてまとまっているのは「茶わん屋」だと思います。趣味もいい。ただ、読者にとっておもしろいのはどっちかと言うことなら、「茶わん屋」は丁寧だけど地味ですね。
  
北方 確かに「い草」は荒っぽさがあるけどエネルギーがあります。
 
夏樹 人物の描き方もうまいですね。
 
森村 「茶わん屋」も幻斎をもっと描き込めばおもしろい。幻斎は利休を映すプリズムみたいな人物。その人を描くことで、主人公にも力強さが生まれます。
  
北方 別の話になってしまいそうだけど、主人公が幻斎に心服するようになるとおもしろい。主人公がもっと利休に反抗すれば創作者の自己主張も出てきてよかったのに、惜しいですね。
 
夏樹 利休の人物像が大きいですからね。
 
森村 作家と同じで、創作者は受け止める人がいないと生きていけない。主人公のそんな孤独や苦悩、利休への相反する思いが描かれていたら、もっと良かったと思います。私は「い草」にAを付けてますが、「たそがれ清兵衛」の焼き直し的なところは少しどうかなというのはあります。
  
夏樹 テレビの「必殺シリーズ」みたいな設定ですしね。それに、密談のシーンがどうしても気になる。すぐ隣に人がいるような所で、秘密の話をするなんて、リアリティーがない。それでも上手と感じさせる筆力はあります。
 
森村 さて、意見が出そろいましたが、いかがでしょうか。
 
北方 「茶わん屋稼業」も捨てがたいが、最初の点数で最高点だった「い草の花」の作者には作家としての可能性を感じます。主人公の妻は「醜女」という設定だが、十数年も連れ添ううちに、きれいに見えることもあるなんて表現はいいですね。
  
夏樹 気になる点はいくつかありますが、全体的にまとまりもあり、異論はありません。
 
森村 私も候補作の中では一番おもしろいと思っていました。大賞の笹沢左保賞は「い草の花」でいいですね。
  
北方 「茶わん屋稼業」と「虚空の花」を佳作に推したい。似たような味わいだったので、「相討ち」でちょっと損したかもしれませんね。
  
夏樹 そうですね。これからも書き続ける人だと思います。「『葉隠』抜き書 切腹な痛かばんた」ですが、方言が読みにくいなどはありますが、きちんと書いてあります。奨励賞に推薦します。
  
森村 「松戸パスタイム」もいいんですが、賞にはちょっと足りなかったですね。
 
夏樹 今回の応募は二百四十四点。賞を受けられた四人もやっと、スタートラインにたどりついたところ。いろいろな公募賞がありますが、「出るは易(やす)し、生き残るのは難し」です。これからが大切ですし、さらに書き重ねてほしいですね。