第13回九州さが大衆文学賞選考経過

 新人作家の登竜門として全国から推理、歴史・時代小説を公募した第13回九州さが大衆文学賞は、大賞の笹沢佐保賞に井上順一さん(73)=川崎市=の「華吉屋縁起(かきつやえんぎ)」が輝いた。佳作は水城亮さん(38)=横浜市=の「瞳」、県内最優秀の奨励賞は西村しず代さん(76)=佐賀市木原=の「海峡に陽は昇る」が選ばれた。

 最終選考会では選考委員の森村誠一、夏樹静子、北方謙三の3氏が最終候補作6作の完成度や読みごたえ、将来性を含めた作者の筆力などを論議した。白熱した選考経過と受賞者の喜びの声、大賞受賞作のあらすじを紹介する。

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作品の完成度などを1点1点白熱した論議を繰り広げる森村誠一、夏樹静子、北方謙三の3氏(右から)=佐賀市の楊柳亭
 「路地裏に落ちる月」 古林邦和(札幌市)
 「瞳(ひとみ)」
水城亮(横浜市)
 「媚薬」 大橋紀子(東京都墨田区)
 「萩焼異聞」 馬場信浩(米・カリフォルニア州)
 「海峡に陽は昇る」 西村しず代(佐賀市)
 「華吉屋縁起
  (かきつやえんぎ)」
井上順一(川崎市)
作品に力、73歳の新人−「将来性」にも期待
北方 前回まで、森村さんに司会進行をお願いしていましたが、今回は私がやりましょうか。
森村、夏樹 お願いします。
北方 それでは協議に入る前に一言だけ。今年1月3日付の佐賀新聞に、これまでの受賞者の近況が載っています。あらためてながめると永井するみさん、海月ルイさんをはじめ、作家として歩み始めた人が、地方の文学賞としては信じられないくらい多く出ています。
夏樹 打率がいいですね。
北方 それで、これからの受賞者について、選考委員として考える必要があるのではないかと思います。今後の活躍が期待できる人なのか、年齢を含めて次の作品の可能性も考慮したらいかがでしょう。賞をつくられた笹沢左保先生のお気持ちも世の中に出ていける作家の発掘だったように思います。
森村 そうですね。将来性も考えたいね。
夏樹 賛成です。
北方 まずは作品の評価があって、最後の段階で将来性を加味するということにしたいと思います。
小説のたくらみ存分に「華吉屋縁起」A評価

北方 それでは、各作品の採点に移ります。Aは2点、Bは1点、Cは零点ということで集計しました。「路地裏に落ちる月」は2点。「瞳(ひとみ)」も2点。「媚薬」は1点。「萩焼異聞」は2点。「華吉屋縁起(かきつやえんぎ)」は6点。「海峡に日は昇る」は2点ですね。点数が低い方からいきましょう。まずは「媚薬」から。これは森村さんだけがB評価ですね。
森村 ディテールまでよく書いているところに好感を持ちました。かなり難しい時代と思いますが、よくまとめている。上皇の寵愛(ちょうあい)を集め、天皇と対立した藤原薬子の生涯をねちっこく描いたところを評価しました。
北方 薬子の乱を描くには枚数が短すぎませんか。題材が大きいから人物をいくら書き込んでも表層的にとどまり、長い粗筋で終わってしまう。どこかに新しい切り口が必要ですね。
夏樹 北方さんと同じ事かもしれませんが、歴史を早口で説明するのに追われたという印象です。小説の「空気」「場」というものが乏しかった。もう一つ気になるのは、視点が不安定なことです。ほとんどは薬子の視点なんですが、ときどき皇太子になったり、乳母になったりで落ち着かない。
北方 大切にしてほしいのは視点ですよね。読み手が不安定と感じるようではいけない。
森村 北方さんがよくおっしゃる小説の筋肉はないですね。ただ、薬子の執念はよく出ています。
北方 たとえば、乳母の視点だけで書くとすごくいいものになるかもしれません。題材としてはかなり小説的なんだから、独自の歴史観が出てくればよかったと思います。
森村 本当に乳母の扱いは惜しい。残念ですが賞には届きませんね。
北方 次は「路地裏−」です。私だけがA、お2人はCですね。警察官も真相が分かっていながら見逃した殺人を主人公が暴くところが小説的な「におい」を感じる。正義なんてどうでもいい、相対的なことにすぎないんだという感じが出ています。さらにホーチミンの雰囲気というか、フォーのにおいが立ち上るような描写もいい。ただ、事件解決のかぎとなる肝心な部分で差別を助長しかねない表現があります。そこがどうなのか、お2人のご意見をうかがいたいと思います。

写真森村 誠一氏

埼玉県熊谷市生まれ。青山学院大卒。9年間のホテル勤務を経て、「高層の死角」で江戸川乱歩賞、「腐蝕の構造」で日本推理作家協会賞を受賞。「人間の証明」「青春の証明」「野生の証明」の「証明」三部作で現代日本を代表する推理小説作家に。その後も歴史・時代小説、ノンフィクションなどへも作品の幅を広げ、精力的に執筆活動を展開している。



写真夏樹 静子氏

東京生まれ。慶応大学英文科在学中に「すれ違った死」が江戸川乱歩賞の最終候補に。NHKの「私だけが知っている」のシナリオ執筆を笹沢左保氏らとともに務め、「ガラスの鎖」で作家デビュー。「天使が消えていく」が江戸川乱歩賞次席、「蒸発」で日本推理作家協会賞、「第三の女」はフランス訳され、冒険小説大賞に。女流推理作家の草分け的存在。


写真北方 謙三氏

唐津市生まれ。中央大学法学部卒。「明るい街」で作家デビュー後、純文学作品を発表。『弔鐘はるかなり』で初めてエンターテインメント作品を書き、人気作家に。『眠りなき夜』で第1回日本冒険小説協会大賞と吉川英治文学新人賞、『渇きの街』で日本推理作家協会賞、『明日なき街角』で日本文芸大賞、『破軍の星』で 柴田錬三郎賞など。


佳作「瞳」描写力あり力を感じる・奨励賞「海峡に陽は昇る」書くエネルギーに感心
夏樹 ベトナムの庶民生活がよく描けていて、おもしろく、興味深く読みました。でも、ミステリーとしてみると、伏線がほとんどないままの解釈なので唐突感が否めません。真相が分かるきっかけが、偶然というのも反則ですね。主人公の心理はよく書いているんですが。
森村 ミステリーには催眠術や双子を使わないといったルールがあります。偶然が事件を解決するのはアンフェア。小説のキーマンの設定もフェアじゃない。フィギュアスケートでいうと転倒ですよ。
北方 それも大転倒ですね。やっぱり私の評価を取り下げます。
森村 いや、立場が変わるようですが、評価したくなりました。主人公を取り巻く人間群像がおもしろい。謎解きの部分を改めればどうでしょう。
夏樹 無理に密室など入れず、人間群像だけ描いていけば良かったと思いますね。
北方 筆力はありますからね。ただ、謎解きは核の部分なので変えようがないでしょう。やっぱり傷が大きいですよ。
 次は「瞳」にいきましょう。私だけCで、お二方はBです。先に言わせてもらえば、これは読後感が悪い。主人公はひがみ根性が強いだけ、と思えて感情移入できなかった。ラストシーンも必然性があるのか。エンターテインメントとして否定的意見です。
森村 妹に嫉妬(しっと)する主人公を、うまく描いているところを評価しました。ただ、設定がどこかで読んだような既視感がある。オリジナリティーはないですが、北方さんに後味の悪い思いをさせるくらい小説の力があります。北方さんは高い評価をされるだろうと思っていたんですが…。
夏樹 私も読後、憂うつになったくらいです。すごく落ち込みました。自分の子どもを愛せない母親の猜疑(さいぎ)心が描き尽くされ、後味が悪いのは、それだけ描写力があるともいえます。ただ「宝石のような輝き」とか「さらりと滑らかな」「すらりとした姿態」などの観念的で安易な表現が多いのは気になりました。
森村 私も気になった。手あかがついた表現ですね。
夏樹 そこは直してほしい。ラストにも不満はありますが、力は感じます。
北方 では「萩焼異聞」にいきしょう。これは私と夏樹さんがBで、森村先生だけがCをつけています。
夏樹 朝鮮陶工を連れてきた萩焼の歴史はよく分かりました。ただ、丹念に資料をお調べになったのでしょう、登場人物が多すぎます。書きたい人物をクローズアップしていけば良かったと思います。小説が最後にいくほど生の歴史資料をそのまま出したという感じです。もっと整理して物語にしてほしかったですね。
北方 これだけ萩焼の歴史を調べていながら、人間の傲慢(ごうまん)さ、刃傷ざたに重きがおかれ、萩焼草創期、創り上げていく時の苦悩など萩焼に全く焦点を当てていない。歴史小説として書くべきものを書けていないという欠点があります。
森村 私はCにしたのは、お2人が「瞳」に感じたものと同じことを、この作品に感じたからです。この作品は前半と後半が割れています。前半は小説的なたくらみが凝らされていますが、後半は歴史資料の羅列、報告、説明で終わっている。小説としての調味がなされていませんね。
北方 これはBが2つついているので、最後に残しましょう。次に「海峡に陽は昇る」です。年齢的なことを言えば失礼かもしれませんが、75歳にしては若々しい恋愛を書かれている。「華吉屋縁起」と重なるものあるのですが、それに比べると恋愛の在り方が表層的すぎます。
夏樹 朝鮮通信使の様子が目に見えるように描かれています。ただ、主人公の行動は、この時代の娘にしては大胆ですね。
森村 私も書くことに対するエネルギーには感心しました。でも、文章は他の作品と比べると素人っぽくて、出会いのシーンとか話の運び具合はかなりご都合主義と映りました。
北方 奨励賞候補として上がっていますし、大賞からは除外して、奨励賞として認めるということでいかがでしょう。
夏樹、森村 それで、結構です。
北方 最後は、全員がAをつけた「華吉屋縁起」です。私は、そこそこ書けていて、いい出来だと思いました。情愛の切なさや、象が死んでいく姿などがきちんと書かれています。日本人の実父が突然、出現するところはフェアさを欠き、気になりました。
夏樹 まず象の旅を縦軸に人物もしっかり配置してあり、物語にも展開があります。いろんなシーンがあり、なかなかおもしろく、描写も行き届いています。終わり方もいい。小説的なおもしろさが一番ありました。ただ、父と娘の接近のプロセスが書かれていない点など飛ばしたと思うところが2カ所くらいあって、もう少し丁寧に書いてほしかったですね。
森村 夏樹先生と私も同じで、小説としてのたくらみが1番ありました。見せ場がよくかけているし、いろいろ工夫しています。実は、ある事情があって、この人の他の作品を読んだことがあります。もっと書ける人で、筆力もあります。
北方 では、まとめます。「瞳」「萩焼異聞」「華吉屋縁起」の3作があって、これまでの論議では「華吉屋縁起」が圧倒的です。唯一、作者の年齢が高いという問題がありますが、この作品で終わらない、将来性も期待できるという森村先生の保証もありましたし、この作品が受賞作として妥当だと思いますが、よろしいでしょうか。
夏樹、森村 それで結構です。
北方 では「華吉屋縁起」を第13回九州さが大衆文学賞の大賞に決定します。
森村 ここで“事情”というのを誤解のないように説明しますと、この人は私の弟子でして、山村正夫さんから引き継いだ文章教室に通われていて、長い間、地道に書いてきた人です。
北方 そんな方なら、私たちも応援して、ぜひ世の中に出てほしいですね。最初に年齢制限の話をしましたが、これが逆に作用して、むしろ73歳の新人というのを売りにして頑張ってもらいたいですね。今回は、いい受賞作家を得たといえます。
夏樹 年齢制限を覆す、それだけ作品の力が強かったということですね。
北方 では佳作をどれにするかですが、点数から言うと「瞳」と「萩焼異聞」がそれぞれBを2つ取っています。
森村 じゃあ、その2点でいいんじゃないですか。
夏樹 「瞳」は、もし許されるなら最後を−主人公が娘を殺そうとするが、帰ってきた夫に止められる。それを娘の瞳がじっと見つめている−に変えられたら。すべてが主人公の猜疑(さいぎ)が生んだことだったと。
北方 それでは夏樹ミステリーになってしまいますよ。でも、贈呈式では、結末の持っていき方について、ぜひご本人にお伝えください。つたない司会でしたが、これで終わります。

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