◆復活佐商(上)◆
トロイカ体制
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▲「当たり前のことを当たり前に」。田代監督(左)は野球に取り組む姿勢からこだわった |
「何点リードしていても怖かった」。昨年春の県大会で、佐賀商を破ったチームの選手が試合後に漏らしたことがある。10年前の夏、全国制覇を成し遂げた実績と伝統。攻撃的野球の「佐商カラー」は相手校に脅威を与えていたが、近年それを生かせず苦しんでいた。
田代孝監督が3年間務めた部長時代、2000年にはセンバツを経験したものの、それ以降、県大会でも初戦敗退を喫するなど低迷続き。終盤までリードしていても、いつの間にかひっくり返された。02年4月。監督の仕事は、まず悪循環の原因を探ることから始まった。
伝統校だけに周囲からは早期再建の期待がかかる。だが、「一つ一つクリアしていくしかない。結果はそれから」。先輩監督のアドバイスも受けて出した結論は、いい意味での開き直りだった。「当たり前のことを当たり前にやろう」。一塁までの全力疾走、声出し…。選手たちが野球に取り組む姿勢からこだわった。
同じOBの森田剛史コーチも指導に加わり大学、社会人野球で培ったノウハウを積極的に注入した。伝統の打力を生かしたスタイルを踏襲しながらも、少ない好機をいかにものにするか。「1死三塁、内野ゴロでも1点」。打撃、走塁練習を繰り返した。「1点への執着心」を植え付ける狙いだ。
昨年4月からは、伊万里商で監督を務めた松尾真也部長が投手陣の育成を担った。監督、部長、コーチ。3人が役割分担し、効率的に指導できるようになった。昨年4月の時点で部員は46人。近年、中学の有力選手は他の強豪校に分散していた。1学年に30人を超える部員がいたころと比べ多いとは言えないが、レギュラー以外の下級生にも目が行き届き、1、2年後を見越したチーム作りも考えられるようになった。
練習メニューは監督、コーチ、部長の3人で1カ月前から練り上げ、日ごとに細かく決めた。個人面談も頻繁に行い、ふだんからコミュニケーションを密にし、選手が本音を言える雰囲気づくりにも努めた。「ワンプレーを大事にしようという意識が選手の間に生まれた」(田代監督)。3人によるトロイカ指導体制が軌道に乗り、復活への助走が始まった。
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